「てんかん患者と家族のためのシンポジウム」の開催にあたって

yamakawa

 

 人間の脳は,140億個もの神経細胞でつくられたネットワークのおかげで,ものを見,音を聞き,味わい,香りを楽しみ,ものを触り,それらを記憶し,判断し,体全体に行動の指令を出します.この脳もちょっとした原因で,大きくその動作が変わってしまうことがあります.その結果,脳内で多数の神経細胞の同期した電気振動現象が起こり,本来の情報処理ができなくなり,感覚,運動,思考,記憶が全く不可能な状態に陥ります.それが,てんかんです.てんかんといっても,千差万別で,頭がボーッとなる程度のものから,耳鳴り,めまい,けいれん,果ては意識を消失して転倒するものまで,その程度と容態はさまざまです.


 てんかんは,人種,性別,年齢,地域,社会構造に無関係に発症し,一生のうちに一度はてんかんを経験したことのある人は全人類の5%にも及びます(WHO調べ).また,全人類の約1%が,てんかんで実生活に支障をきたしています.この人たちの約80%は,薬物を適切に服用することによって日常生活を不自由なく過ごせますが,残りの約20%は薬物ではどうにもならず,週に2回以上の発作が起こるとされています.もちろん,毎年,新しい抗てんかん薬が開発されてはいます.しかし,現在,日本国内では25万人,世界中で5,000万人の人たちが,てんかん発作で苦しみ,日常生活にも支障をきたしているわけです.この症状を「難治性てんかん」といい,残された道は,頭蓋骨をはずして,脳の病巣を切除する外科手術です.しかし,この方法では,時として健常な脳までも切除することになり,その結果,知覚障害,運動障害,記憶障害,言語障害等の後遺障害に悩まされることもあります.まさに,前門の虎,後門の狼といったところです.


 このような難治性てんかん患者のために,後遺障害の少ない,しかもできるだけ頭に傷をつけないですむ手術法を開発する目的で,九州工業大学,山口大学,静岡大学からなる「先進てんかん治療開発共同体(CADET略称カデット)」が,2008年6月に発足いたしました(文部科学省科学研究費補助金・特別推進研究).


 このCADETプロジェクトの研究・啓蒙・普及活動一環として,てんかんに苦しんでおられる患者の方々およびその家族,その周囲の方々,あるいはてんかんについてもっと知っておきたい方々のために,てんかん専門医による講演のみならず,聴衆と専門医との意見交換によって,日頃の疑問を解消し,これから希望を持って生きていただくためのシンポジウムを企画いたしました.


 このシンポジウムに一人でも多くの方にご参加いただき,てんかんに対する正しい理解と,患者への思いやりと,将来への希望を持って生きていただくことを切にお願いいたします.


 平成21年5月吉日

九州工業大学大学院生命体工学研究科 特任教授 山川 烈
(先進てんかん治療開発共同体(CADET) 研究代表者)