ヒトの筋骨格構造は非常に複雑で,工学的には一見,制御がしにくくなるなどの問題にしかならないようにも見えます. この研究では,「ヒトの複雑な筋骨格構造にはヒトの優れた運動能力を実現するための大きな利点を生み出している」という考えのもと, 特にヒトの腕に注目し,その複雑な構造が持つ特性を可能な限り反映したロボットアームを開発し,実際にヒトが行っているさまざまな動作をロボットアームに行わせることで, その未知の利点の解明と工学的応用を目指しています.
私たちがドアを開ける時,ドアノブの位置を寸分の狂いも無く計測したり,ドアノブやドア本体がどの軸を中心に回転するのか精確に認識したりするでしょうか? 少なくとも意識できる範囲では,ある意味”適当に”ドアノブに手をぶつけるようにして手を移動させてドアノブを掴み,手ごたえのまま”適当に”ドアノブを回し, "適当に"ドア本体を押したり引いたりしているように思えます.この研究では,ヒトの筋肉のように柔軟な空気圧人工筋で駆動される筋骨格ロボットを用いれば, 非常に単純な制御でも,ヒトのように自然な動きでドア開けを行えることを示しました.また,各空気圧人工筋の圧力や張力のデータに「ドアノブが上手くつかめたか?」や 「ドアに鍵がかかっているか否か?」といった情報が含まれることを確認しました.
ヒトの腕の中でも肩は特に複雑な構造を持っています.この研究では,ヒトの肩を構成する複数の骨や筋肉を可能な限り再現するため, 従来よりも大幅に可動域を増加させた球面ジョイントや曲面上を滑るように移動する肩甲骨のメカニズムを提案し, それによってヒトのように広い可動域と優れた運動性能を実現しました.その結果,肩の働きが重要になる典型的な運動の一つである投球動作を実現し, 各人工筋の駆動パタンによって各筋,各関節の協調関係が制御できることを示しました.
直接教示とは,教示者がロボットに実際に触れて動かすことで,目的の動作を教示する手法です. 通常であれば,各関節の角度あるいは各筋の長さを各時刻で計測し,それらを目標値として角度フィードバック制御器や筋の長さのフィードバック制御器に入力することで実現できるのですが, 私たちが開発している筋骨格ロボットアームでは,3自由度球面ジョイントや2自由度楕円ジョイント,曲面上をスライドする肩甲骨メカニズムを持つため,角度の計測が困難であり, 人工筋が骨や関節に巻きつくように配置されていることから,長さの計測も困難です. この研究では,教示時における各人工筋の圧力と張力を計測し,各筋の長さの計測やモデルに基づく推定を経ることなく,その動作を単独で再現するための圧力と張力の関係を導く手法を提案しています.
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