2008年2月14日(木)

「マルチコアプロセッサCellや汎用GPUを用いた神経回路網の並列計算」
○五十嵐 潤
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

 近年の電子計算機の発展の恩恵を受け、詳細な神経細胞のシミュレーションが活発に行われるようになってきている。しかし、神経細胞は複雑で、脳内の神経細胞の数は膨大であり、PCを使ってシミュレーションできる範囲は、いまだ非常に限られている。何百億円もする大型計算機を使えれば、規模の大きな計算ができるだろうが、全ての研究者に使う機会があたえられるわけではない。

ところで、現在市販のゲーム機であるPLAYSTATION3に搭載されているマルチコアプロセッサ”Cell”や、PCのグラフィック処理を行う”GPU”は、非常に高い演算性能を持っていることを御存じだろうか。これらは並列型のアーキテクチャを持ち、演算性能はスーパーコンピュータ並に高いにもかかわらず、非常に安価に入手できる。したがって、もしCellやGPUを神経細胞のシミュレーションに使えたら、大規模な神経回路網のシミュレーションを安価に実現できるかもしれない。

そこで私はCellやGPUを使い、Hodgkin-Huxley型の神経回路網のシミュレーションを実際に行ってみた。すると、CellやGPUは、並列度の高いアーキテクチャを持つため、多数の神経細胞を並列に計算でき、汎用CPUに比べて、はるかに高い演算性能を発揮することがわかった。今回のセミナーではこれらについてお話する。

J. Igarashi 会場の様子 会場の様子

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2008年2月7日(木)

「産業医学・産業保健学における化学物質による中枢神経毒性評価‐ジーメイトの活動から」
○笛田由紀子
産業医科大学産業保健学部第一生体情報学講座

 労働現場では多種の化学物質が使われています。本来、健康影響が無いまたは少ないことを確認してから化学物質を現場に導入するべきですが、中枢神経系への影響は評価が難しく、国際的なガイドラインも遅れています。そこで、産医大の有志が集まり、「ガス状化学物質の生体影響研究グループ(ジーメイト)」を結成し、有機溶剤の脳への影響に科学的な根拠を提供しようと研究を続けております。前回の本セミナーではフロンの代替化学物質のひとつであり、中国、アメリカ、日本で洗浄溶剤としてよく用いられている1−ブロモプロパンについて、少しご紹介しました。今回は、この1−ブロモプロパンを材料にしてどのような中枢神経毒性評価バッテリーを提供できるかを検討しているジーメイトの活動をご紹介したいと思います。

Y. Fueta 会場の様子 終了後の様子

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2008年1月10日(木)

「大きな奥行きの知覚における網膜像差と運動視差の相互作用」
○佐藤雅之
北九州市立大学国際環境工学部情報メディア工学科

 両眼網膜像差が奥行きの手がかりとして有効なのは像差量が比較的小さい場合のみであると考えられている.像差量が大きい場合には,二重像が知覚され,奥行き感は得られない(Tyler, 1983).運動視差についても同様で,視差量が大きい場合には,動きが知覚され,奥行き感は得られない(Ono & Ujike, 2005).しかし,これまでの研究は,奥行き手がかりが単独で与えられた場合に限られており,通常我々が経験しているような複数の手がかりが同時に得られる条件における知覚特性は明らかでない.ここでは,網膜像差と運動視差が同時に与えられた場合に人間が知覚する奥行きの量を測定し,それぞれが単独で与えられた場合に知覚される奥行き量と比較した.テスト刺激は長さ10°の垂直線分で,周辺には参照刺激としてグリッド状のパターンが呈示された.テスト刺激には0.03から1.3の範囲で視差勾配が与えられた.9名の被験者はマッチング法により知覚された傾斜量を応答した.二つの手がかりが同時に与えられた場合には,それぞれが単独で与えられた場合よりも大きな傾斜が知覚された.この効果は視差勾配が大きいときに特に顕著であった.これは,網膜像差や運動視差が一般的に考えられているよりも広い視差量の範囲において奥行き手がかりとして有効であること,二つの情報処理過程が独立ではなく相互作用があることを示している.

M. Sato M.Sato 会場の様子

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2007年12月13日(木)

「味覚神経情報処理における振動現象と雑音の機能的役割 - SW/HWモデル -」
○中田一紀
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

 味覚情報処理機構のモデルについて工学的観点から紹介します。これまでの先行研究において、化学物質を受容しその情報(物質の種類や濃度)を符号化する過程の数理モデルとして、さまざまなネットワークモデル [Brody and Hopfield, 2003,Hopfield and Brody, 2004, Muir et al., 2005, Tateno et al., 2006, Gal'an et al., 2006, 2007]が提案されています。それらのモデルの共通点として、ある確率的分布に従う有限個の細胞群の閾値下膜電位振動とその同期現象に対する雑音の効果の重要性が挙げられます。本発表では上記の点に着目したうえで、味蕾細胞ネットワークモデルとして雑音誘起同期・非同期現象を利用したソフトウェア(SW)モデル [Igarashi et al, 2007]について紹介するとともに、さらにそれを発展させたハードウェア(HW)モデルについて提案し、それぞれのモデルにおける情報符号化機構の特徴について説明します。

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2007年12月6日(木)

「海馬スライスカルバコール誘導β振動に対するグルタミン酸受容体の関与」
○夏目季代久,太田好徳
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

海馬では、θ波、γ波などと共に、β波が観察される。β波は、テタヌス刺激やセロトニン投与によっても誘導される他、アセチルコリン作動薬であるカルバコールによっても誘導される。本発表では、海馬スライスで誘導される、そのようなβ波、β振動に対するグルタミン酸シナプス伝達の関与について発表する。  海馬スライスにカルバコールを加えると、5〜10分で振動が起こり始める。その後しばらくすると、約20秒おきの断続的なβ振動(12-20 Hz)が観察される。振動の出始めでは振幅が大きく周波数は高かったが、その後、次第に振幅は小さくなり、周波数は変化した。カルバコールを投与して、約20分後に定常的なバースト振動になった。 ここで周波数が変化する期間を誘導期、周波数が定常的になった時期を定常期と呼ぶ。 定常期にAMPA受容体の阻害薬である、CNQXを投与すると、濃度依存的にバースト内周波数が減少し、5μM以上では、振動そのものが消失した。その時、CA3錐体細胞間の集合興奮性シナプス後電位(pEPSP)も減少した。一方、CNQXを誘導期から投与すると、カルバコール誘導β波は誘導されないか、θ波が誘導された。以上の事からカルバコール誘導リズムの周波数は、EPSPAMPAによって制御されていると示唆される。  代謝型グルタミン酸受容体の阻害薬である、MCPGを投与してもβ振動に影響しなかった。従って代謝型グルタミン酸受容体はβ振動の誘導に関わっていない、と考えられる。  NMDA受容体阻害薬である、AP5を定常期に投与するとβ振動が消失し、誘導期に観察される波形と類似した波形になった。一方、誘導期からAP5を投与するとβ振動ではなく代わりにθ振動が誘導された。  また、LTPに関与している細胞内酵素であるCa2+/カルモジュリンキナーゼII(CaMKII)の阻害薬である、KN-93を投与すると、θ振動が生成したが、洗い流すと、β振動になった。  カルバコール投与によりEPSPAMPA は小さくなり、この変化はプレシナプスに対する影響だと考えられている。AMPA受容体に可塑的な変化が生じないか、もしくはそれほど大きくない増強ではθ振動が生成し、NMDA受容体・CaMKII依存性の大きな増強が生じ、EPSPAMPA と共にEPSPNMDAが働くようになれば、周波数が上昇しβ振動が誘導されると示唆される。  生体脳では、様々な周波数の脳波が観察されているが、今回の結果のように、naiveな状態からβ波が発生する時、神経回路では可塑的な変化が起こっている可能性がある。

K. Natsume K.Natsume 会場の様子

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2007年10月11日(木)

「カエルの衝突回避行動戦略と衝突情報符号化神経」
○中川秀樹
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

このセミナーでは、これまで、私達がカエルをモデル動物として調べてきた衝突回避行動戦略と、そのneuronal correlateに関する研究成果をまとめて報告する。先にカエルはバッタやヒヨコ、シオマネキ同様、衝突物体の網膜像のサイズがある閾値に達したときに逃避行動を発現することを示してきた(Yamamoto et al, 2003)。その後の研究で、この閾サイズは、接近物体の奥行き情報や視野での位置情報の影響を受けて変わりうること、また、さらには、動物がこれから行おうとする行動計画によっても変化し得る可能性が示されたので、その実験結果を紹介する。並行して行っている電気生理実験では、網膜像の閾サイズを符号化するcollision-sensitive neuronの応答特性を調べている。これまでの研究で、カエル視蓋の単眼視領野、両眼視領野の両方で衝突物体特異的な応答を示す神経細胞を発見した。また、これらの応答は、バッタのcollision-sensitive neuronであるLGMD同様、網膜像のサイズ情報と速度情報の積で近似でき、行動実験結果と良く一致した閾サイズを符号化していることもわかった。さらに、両眼視領野のそれには、奥行き情報も同時に処理していると考えられる神経細胞も存在することがわかった。

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2007年9月13日(木)

「Dynamic clamp法について」
○立野勝己
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

"The dynamic clamp comes of age"
Prinz, Abbott and Marder
TRENDS in Neuroscience 27(2004) 218 - 224
を中心にDynamic clampについて紹介したいと思います。

K. Tateno K.Tateno

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2007年7月12日(木)

「Complex Functional Attributes of Forebrain Glucose-Monitoring Neurons: Their Significance in the  Central  Homeostatic  Control」
○ Zoltán Karádi
Pécs University Medical School, Hungary

Since glucose-monitoring (GM) neurons were first discovered in the lateral hypothalamic area and the ventromedial hypothalamic nucleus (VMH), similar feeding-associated chemosensory cells have already been identified in several regions of the rat and monkey brain.

In order to achieve a complex functional characterization of GM neurons, extracellular single neuron activity was recorded in various forebrain sites (such as the VMH, orbitofrontal cortex, nucleus accumbens, etc.) during 1) local microelectrophoretic administration of chemicals, 2) taste stimulations, as well as 3) behavioral tests (such as presentation of food and non-food objects or performance of a conditioned bar press feeding task).

To elucidate homeostatic significance of the GM neurons, metabolic and feeding-related consequences of a single bilateral microinjection of their specific toxin, the streptozotocin (STZ) or the primary cytokine interleukin 1beta (IL-1b) into various forebrain structures were also studied.

The forebrain GM cells were proven to possess multiple chemosensitivity: they were likely to change in firing rate in response to microelectrophoretic application of D-glucose, several neurotransmitters and modulators, and to intraoral gustatory stimulations as well. In addition, these very same GM neurons displayed particular responsiveness to food objects as well as during phases of the feeding task.

STZ induced destruction of the GM cells in various forebrain structures led to the development of serious feeding and metabolic disturbances and taste perception deficits, and microinjection of IL-1b in these same regions also resulted in severe homeostatic alterations.

Our findings  - along with previous data -  substantiate an intimate involvement of the forebrain GM neural network in the monitoring and adaptive maintenance of homeostatis.

Z. Karadi 会場の様子 [HOME]
2007年7月5日(木)

「ルーズパッチ法によるマウス味細胞応答記録」
○石塚 智
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

マウスから摘出した単一味蕾・味細胞の受容膜にのみ味刺激を与え、味細胞応答を記録する簡便な実験系を開発した。

舌上皮組織を含む単一味蕾を酵素処理後に摘出し、舌上皮の味孔とその周辺を直径約40μmの味刺激用ピペットで吸引保持した。味刺激用ピペット内部は蒸留水または味溶液により常に灌流し、味細胞のbasolateral側は細胞外液(Tyrode溶液)で常に灌流した。これらのセッティングにより味刺激は味細胞の受容膜に当たるが、細胞外溶液と交ざり合わず、basolateral側に影響を及ぼさない。味細胞応答はbasolateral側よりルーズパッチ法により記録した。この方法により4基本味(NaCl, Na saccharin, HCl, quinine-HCl)に対する味細胞応答を調べた。72個の味細胞応答の内、48個(67%)が一つの味刺激に応答、22個(30%)が2つの味刺激に応答、2個(3%)が3つの味刺激に応答した。これらの結果は、マウス味細胞応答の段階では味選択性が高く、ラベルドライン的にコーディングが行なわれていることを示している。

この研究は九州大学大学院・歯学研究院・口腔機能解析学・二ノ宮研究室との共同研究です。

S. Ishizuka 会場の様子

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2007年6月7日(木)

「油脂過剰摂食の神経メカニズム — addictionの視点から」
○成清公弥(後半に発表)、○粟生修司(前半に発表)
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

近年嗜好性の高い食品(e.g.スイーツ、高脂肪食など)の摂取が、特定の条件下で、麻薬等の乱用性薬物の摂取と類似したaddiction (i.e.ある習慣への耽溺、ハマること) を引き起こすことが示唆されている。またこれに対応して脳神経へも薬物依存と類似した変化が確認されてきている。本研究では嗜好性の高い食品に多く含まれる油脂に着目し、ラットに固形油脂を断続的に与えることでbinge-eating (i.e.衝動的な過剰摂食、無茶食い)を引き起こし、これをaddictionの観点から、行動学的、神経科学的に解析をおこなった。今回の発表では、現在考えられているドーパミン系を中心としたaddictionの神経メカニズムを概観した後、ラットにおける油脂摂食量変化のデータおよびin vivoマイクロダイアリシス法を用いて測定した側坐核におけるドーパミン動態のデータをもとにbinge-eating形成のメカニズムを考察する。

S. Aou K. Narikiyo 会場の様子

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2007年4月12日(木)
「成長に伴うマウス味蕾細胞数と電位依存性電流の増加」
○岩本正史、大坪義孝、吉井清哲
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻

味蕾細胞は4つの細胞型に分類され、細胞型ごとにその役割は異なる。 特に、II型細胞は味応答生成に関与するタンパク質(IP3R3、α-ガストデューシン、PLCβ2)を発現していることから、味物質受容細胞と考えられている。 本研究では、発達にともなうこれらの各細胞数と電位依存性チャネル電流の大きさの変化を調べた。 各味蕾内に占めるII型細胞の割合は、生後3~10日で著しく増大した。 生後3~7日のII型細胞の中には、Na+電流あるいは外向き電流をわずかにしか発生しないものがあった。 一方、5週齢以上のマウスII型細胞は、電位依存性Na+電流およびTEA非感受性外向き電流のいずれをも顕著に発生することがわかっている。 これらの結果は、幼児期のII型細胞は、電位依存性チャネルの数を増加させる前に、味応答生成に関係するタンパク質を発現することを示唆する。

M. Iwamoto

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