教育セミナー

テーマ:「視床下部ならびに脳幹の構造と機能」

  1. 視床下部における個体維持・種保存機構
  2. 粟生 修司(九州大学大学院・医学研究院・統合生理学)

     視床下部には、摂食や生殖あるいは体温を調節する神経機構があり、ブドウ糖感受性 ニューロン、エストロゲン受容ニューロンおよび温度感受性ニューロンが各機能に関連 して特異的な活動様式を示す。これらの個体維持・種族保存機構は各々が独立している わけでなく、相互に重複した共受容・共調節機構を形成している。とくにブドウ糖/エ ストロゲン/温度共受容機構はサイトカイン類にも高い感受性をもち、複数の高次ホメ オスタシス調節に関与する。この中には免疫・生体防御、学習記憶、カルシウム代謝調 節なども含まれ、新しい視床下部機能として注目されている。本来、視床下部個体維持・ 種保存機構は非常に安定した調節機能を有するが、最近、この個体維持・種族保存機能 に種々の破綻が起きている。その中には脳内の機構だけでは説明のつかない現象も認め られる。そこで外界環境因子の内分泌撹乱物質に注目し、その行動および脳への影響を 調べると、妊娠期および授乳期の母ラットへの曝露が、子ラットの性成熟や体重調節、 さらには電解質代謝に影響を及ぼすことが明らかになった。さらに生殖毒性を示さない 濃度でも行動とくに非生殖的行動および一部の脳の性分化を障害した。本研究会では、 無麻酔ザルの摂食、性行動、体温調節行動中の視床下部ニューロン活動の解析から、新 しい視床下部機能の発見、さらに環境化学因子の中枢作用の解析に至る研究経過を実験 の裏話を交えながら紹介する。

  3. 興奮性アミノ酸と中枢性血圧調節
  4. 太田 尚(萬有製薬・つくば研究所・薬理研究部)

     心血管機能はそれぞれの持つ自動能あるいは自己調節機能により維持されている一面、 同時に中枢神経系による調節を受けている。いわゆる自律機能の調節において、中枢神 経系からの遠心路は自律神経系あるいは内分泌系である。一方、求心路は広義の知覚神 経であることが多い。生命維持に必要な循環器あるいは呼吸の反射的制御中枢は延髄に 位置している。
     血圧の moment to moment の調節には圧受容体反射と呼ばれる循環反射がよく知ら れている。動脈圧は頚動脈洞あるいは大動脈弓血管壁の伸展受容器を伸展し、その刺激 は頚動脈洞神経あるいは大動脈神経と呼ばれる求心性神経線維を介し、延髄孤束核に入 力する。即ち、孤束核には球心性線維が中枢神経内で形成する最初のシナプスが存在す る。孤束核からの情報は最終的には血管運動中枢と呼ばれる延髄吻側腹外側核に入力し、 血管あるいは心臓を支配する交感神経活動を調節する。
     孤束核での神経伝達機構には興奮性伝達物質として知られる興奮性アミノ酸が中心的 働きをしていると考えられる。今回は各種興奮性アミノ酸アゴニスト/アンタゴニスト の孤束核注入、マイクロダイアリシス法による内因性伝達物質の測定等の結果より、圧 受容体反射における孤束核興奮性アミノ酸の働きを考察する。また、高血圧時に圧受容 体反射がどのように変化するかに関して、頚動脈洞神経あるいは大動脈神経刺激による 結果を示し考察する。

  5. 糖尿病モデルラットの体内時計機構
  6. 島添 隆雄(九州大学大学院・薬学研究院・薬効解析学)

     糖尿病患者ではインスリン分泌のリズムが健常者と異なることが報告されている等か ら、まず視交叉上核が異常を来たし、その結果として生じるリズム異常により摂食異常 が引き起こされる、すなわち中枢性に糖尿病が誘発される可能性が考えられる。そこで、 糖尿病と体内時計機構の関連性について、インスリン非依存型糖尿病モデルである  Otsuka Long Evans Tokushima Fatty (OLETF)ラットを用いて検討した。
     その結果、OLETFラットでは糖尿病発症後のみならず、糖尿病発症前より glutamateによる視交叉上核自発放電リズムの位相変化が小さいこと、光誘発性視交叉 上核内 Fosタンパク発現が、糖尿病発症前から有意な減少が見られることが明らかになっ た。このことから、OLETFラットでは糖尿病発症前より光同調機能が低下していると 考えられる。
     また、OLETFラットではセロトニン代謝回転が亢進していることが明らかにされて いる。そこで、セロトニン1B受容体拮抗薬を光照射前に前投与したところ、OLETFラッ トの光誘発性 Fosタンパク発現数の減少に有意な回復が認められた。以上、OLETFラッ トの光同調機能低下にはセロトニン神経系が重要な役割を果たしていることが推察され る。本研究会では、streptozotocin投与ラットにおける体内時計機構の結果についても あわせて報告する。