ホルムアルデヒド長期曝露が海馬に及ぼす影響 - 電気生理学的・神経化学的指標の意義
笛田由紀子1、夏目季代久2、福永浩司3
産業医科大学産業保健学部1,九州工業大学大学院生命体工学研究科2,東北大学大学院薬学研究科3
化学物質過敏症やシックハウス症候群などの疾患は、社会問題としてマスコミでとりあげられているが、実は、病態については十分解明されておらず動物モデルもまだ開発されていない。原因物質のひとつとして懸念されるホルムアルデヒドの影響についても、従来の中毒学以下の濃度が対照であるため、生体影響についても報告がきわめて少ない。嗅覚情報は大脳辺縁系と皮質へと伝わる。内嗅野皮質から情報をうける海馬は大脳辺縁系の一部でもあり、情動・記憶・学習という脳の高次機能に深く関わっている。我々は、有機溶剤が海馬神経細胞群の入出力回路の特性を変えることを報告し、海馬が有機溶剤吸入曝露によって機能影変化を受けやすい部位であることを示唆した(Fueta et al, J Occup Health, 2000; 2002)。そこで、比較的低い濃度のホルムアルデヒド(2000ppb)の長期(12週間)曝露が、海馬での神経情報処理機能へどのような影響を与えうるのかを検討した。影響指標としては、シナプスの可塑性として長期増強
(Long term potentiation, 以下LTP)の程度、集合スパイク電位(PS)と集合シナプス後電位(fEPSP)によるペアパルス抑制を、そして脳内シグナル伝達に関与する活性化酵素系の種類を免疫blottingで検討した。
海馬スライス標本CA1領域のLTPは、すべての曝露群で対照群に比べて抑制された。脳内シグナル伝達の検索については、2000ppb濃度で実験を行った。CaMキナーゼ系が影響を受けおりMAPキナーゼは変化しなかった。また海馬CA1領域と歯状回でsynapsin
Iが増加していた。2000ppb曝露群の歯状回では、対照群と比較して、集合スパイク電位のペアパルス比が5ms,
10ms, 20msで増加したが、集合シナプス後電位のペアパルス比は変化しなかった。CA1領域では、集合シナプス後電位のペアパルス比が5ms、10msで増加していたが、集合スパイク電位のペアパルス比は、変化しなかった。
これら海馬についての検討結果は、低濃度ホルムアルデヒド長期曝露によってシナプス伝達の異常が惹起された可能性を強く示唆する。しかし、LTPが減弱する機構およびこれらの変化が化学物質過敏状態にどのような関与をしているのかはまだ不明である。
謝辞:環境省の助成による。国立環境研の藤巻秀和先生のご指導と、動物への経気道曝露をしていただいた産業医科大学嵐谷奎一、保利一、欅田尚樹各先生に深謝申し上げます。