一般講演5
海馬スライスにおけるカルバコール誘導βリズムの周波数調節
○新井 潤、夏目 季代久
九州工業大学大学院生命体工学研究科脳情報専攻
小動物脳内海馬において観察されるβリズムは規則的な振動脳波である。リズムの発生は、内側中隔核から海馬へのアセチルコリンとγアミノ酪酸(GABA)作動性神経の入力及び海馬内抑制性神経の自発発火が関与しており、海馬内の興奮性神経・抑制性神経ネットワークによって神経リズム活動が生成していると考えられる。
本研究では、雄のWistar ratの海馬スライス(厚さ 4-500μm)を用いて実験を行った。海馬スライスにアセチルコリン作動薬であるカルバコール 30μMとGABA-A受容体阻害薬であるビククリン
5 μMを同時投与し、CA3領域で細胞外記録をするとβリズム(周波数 12.3±0.4 Hz(平均±標準誤差;n=3))が観測された。2-amino-5-phosphonovalerate(APV)を投与すると、βリズムの周波数は、逆に高くなった。この結果は、上記2つの作用の他に、遅いNMDA性の興奮性シナプスかNMDA受容体を介して細胞内に流入するCa2+がリズム周波数を調節している可能性を示唆している。 昨年当研究会で報告したように、βリズムに対し、1)ビククリン
1 μM以上を投与する事によって振動周波数が低くなった。この結果より、βリズムの周波数調節に抑制性神経が関与している事が明らかになった。今回、2)興奮性神経のβリズム周波数に及ぼす影響を調べる為、βリズムに対してα-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazole
propionate(AMPA)受容体阻害薬である6-cyano-7-nitro-quinoxaline-2,3-dione(CNQX)を投与した。その結果、βリズムの周波数は低くなり、高濃度で消失した。以上の結果より、βリズム周波数は海馬神経回路における早いAMPA性の興奮性シナプスと抑制性シナプス伝達によって決定されると考えられる。さらに、3)N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体阻害薬である
また、前回の報告したようにβリズムの発生源は海馬CA3である。またCA1、DGの各領域においてもβリズムが観測されたので、CA3で発生したβリズムは、CA1、DGに伝搬していると考えられる。しかし、CA1、DG領域を取り除いたCA3ミニスライスでは、通常のスライスで観測されるβリズムより低い周波数のリズムしか観測されなかった。これはβリズムは、CA3からCA1、DGへの一方向伝播のみだけでなく、逆にCA1、DGからCA3へ影響を与えている可能性を示唆している。そこでCA3とCA1,DGとの間を各々切断し、リズム波形を観測した。その結果、CA3-CA1間を切断してもCA3のリズムには、ほとんど影響が無かったが、CA3-DG間を切断すると、安定したβリズムは観測されず、観測されてもβリズムの周波数は低かった。この結果よりCA3→DGの作用には周波数を調節する働きがあると考えられる。CA3-DG間を切断した状態で、さらにCA3-CA1間を切断すると、再び安定したβリズムを観測されるようになった。これは、CA3→CA1の作用にはβリズムを脱同期化する働きがあると考えられる。
以上の結果をまとめると、カルバコール誘導βリズムは、その発生源はCA3にあり、CA3内の興奮性、抑制性のシナプス伝達及び、CA3-DG間の繊維結合によってリズム周波数が調節されていると考えられる。