特別講演1
アルツハイマー病、プリオン病などのconformational diseaseに共通した神経細胞死メカニズムの解明:疾患関連蛋白質によるチャネル形成とカルシウムホメオスタシス異常
川原正博
九州保健福祉大学 薬学部 分析学講座
アルツハイマー病、プリオン病(クロイツフェルトヤコブ病、BSEなど)、ハンチントン舞踏病などは、いずれも根本的な治療法が未だに存在していない神経疾患である。これらの神経疾患の発症要因には未だ不明な点が多いが、いずれの疾患でも疾患関連蛋白が脳内に異常蓄積し、発症に重要な関わりを持つ。アルツハイマー病の場合には、βアミロイド蛋白がβシート構造を持つアミロイド細繊維構造を形成し老人斑として脳内に蓄積する。βアミロイド蛋白は39〜43アミノ酸残基からなるペプチドであり、神経細胞死を引き起こすことから発症に関与していると考えられているが、その毒性はconformation変化(βシート構造形成)によって増強されることが報告されている。プリオン病では感染性プリオン蛋白が正常プリオン蛋白を感染型に変化させることが発症に繋がるが、感染型と正常型ではβシート含量のみが異なっているだけである。また、プリオン蛋白の断片ペプチド(PrP106-126)は培養神経細胞に対して毒性を示すことが報告されている。ハンチントン舞踏病等の原因遺伝子にCAGリピートが増加するトリプレットリピート病では、CAG鎖によって生成されるポリグルタミンもβシート構造を取り、この蓄積が細胞死を引き起こす。パーキンソン病などでは細胞内にLewy小体が蓄積するが、この構成成分であるαシヌクレインもアミロイド構造を形成し、その断片ペプチドであるNACはアルツハイマー老人斑にも沈着する。このように疾患関連蛋白がβシート構造をとって蓄積し、細胞毒性を持つという共通点を持つことから、近年、これらの疾患が共通した発症メカニズムを持っているのではないかというconformational diseaseと呼ばれる概念が提唱されている。
演者等は、この共通したメカニズムを探るために、βアミロイド蛋白による細胞死メカニズムを検討した。その結果、βアミロイド蛋白が細胞膜上で会合してカチオン選択的なチャネル構造(pore)を形成することをパッチクランプ法により見いだした。形成されたporeは亜鉛イオンによって阻害された。このようなpore形成はβアミロイド蛋白のみならず、PrP106-126、ポリグルタミン、αシヌクレインなどでも生じることがリポソームを用いて明らかになっている。従って、これらのconformational diseaseの発症メカニズムに、膜上でのpore形成によるカルシウム・ホメオスタシスの異常が関与しているのではないかと考えて検討を行った。蛍光色素fura-2を用いる細胞内Ca2+イメージングの結果、βアミロイド蛋白、PrP106-126、NACおよびヒト膵臓アミロイドペプチドなどは投与数分〜30分以内にいずれも顕著な細胞内Ca2+濃度上昇を示した。この細胞内Ca2+流入は、様々な伝達物質の阻害剤、チャネルブロッカー等では阻害されず、全アミノ酸残基をDアミノ酸に置き換えたβアミロイド蛋白でも同様に観察されたことなどから、レセプター経由の反応ではないと考えられた。これらの結果から、疾患関連蛋白が細胞膜上でporeを形成することによって引き起こされたカルシウム・ホメオスタシス異常が神経細胞死の引き金を引き、最終的にこれらのconformational diseaseの発症に繋がるという、毒素や免疫系での細胞死メカニズムと類似した発症メカニズムが考えられる。
Kawahara M.: Disruption of calcium homeostasis in Alzherimer's disease and other conformational disease, Current Alzheimer Research, 1: 87-95 (2004).