教育セミナー

ストレスに対する神経内分泌反応の分子基盤

上田陽一

産業医科大学医学部第1生理学

 ストレス社会と言われる現代社会で生活し働いている私たち現代人にとって”ストレスを科学する”ことは大変重要な課題である。
 生体がストレスを受けると脳を介して様々な生体反応が生じる。例えば、血圧・心拍数の増加、消化管運動の低下・亢進などの自律神経系を介した反応、視床下部-下垂体-副腎軸の活性化を代表とする内分泌反応、不安感などの感情の変化や拒食・過食などの行動の変容が生じる。古典的な生理学研究においてストレスによって引き起こされる生体反応の本体と捉えられたのは、視床下部(CRHおよびバゾプレッシンの分泌)-下垂体(ACTHの分泌)-副腎軸(HPA axis)の活性化(血中グルココルチコイドの分泌)、交感神経・副腎髄質系の賦活化(ノルアドレナリン・アドレナリンの分泌)である。
 私たちの研究室では、視床下部に焦点をあててストレス反応における神経分泌ニューロンの役割を検討してきた。具体的には、(1)ストレス(ストレッサー)とストレス反応を定量化することはなかなか難しいが、浸透圧ストレスおよび神経分泌ニューロンの神経活動の指標である最初期遺伝子群を用いて定量化を試みた。(2)ストレスが食欲低下や過食を引き起こすことは経験的に知られている。そこで、摂食関連ペプチド(オレキシン、ニューロメジンUおよびプロラクチン放出ペプチド)とHPA axisの関連について検討した。(3)HPA axisの指令塔である室傍核におけるCRHおよびバゾプレッシンの分子動態について、急性ストレスと慢性ストレスでの反応性の違いを検討した。
 ストレスによって活性化される特異的な神経回路網とその物質・分子基盤を明らかにすることや、同じストレスでも個々人によってストレス反応が異なるメカニズムやストレス反応を修飾する因子をも解明すること、これが”ストレスを科学する”ということであろう。

参考文献
1. 上田陽一 ストレスが変える視床下部の遺伝子 日薬理誌126, 179-183, 2005
2. 上田陽一・他 ストレスに関連する視床下部の新しい神経ペプチド遺伝子の発見 心身医学45, 323-330, 2005
3. 上田陽一・他 ストレスとバゾプレッシン 自律神経43, 2006(印刷中)