テクニカルセミナー
電気生理とパッチクランプ法
○ 古江秀昌
九州大学大学院医学研究院統合生理学
従来の電気生理学的研究は主に、細胞外記録法による神経細胞の発火頻度や集合電位の解析、あるいは微小電極を用いた細胞内記録法による膜電位変化の解析によって進められてきた。しかし、これらの手法は、対象となる神経系が限られること、小細胞からの安定した記録が出来ないこと、さらに、活動電位閾値下のシナプス応答や種々のイオンチャネルの機能解析を行うことが出来ないなどの問題があった。これらの問題点を補う手法として、1976年にNeherとSakmannはパッチクランプ法を開発した。パッチクランプ法は興奮性や抑制性シナプス応答の詳細な解析、シングルチャネルレコーディングに代表されるチャネル分子の機能解析をも可能とし、神経系におけるミクロなレベルでの詳細な解析が多くの神経系を対象に行われてきた。現在では一般的な手法として広く電気生理学的研究に用いられている。
一方で、パッチクランプ法はその標本としてin vitroの培養細胞やスライス標本が用いられてきたために、観察されてきた多くの現象の生理的役割を説明することが困難であった。例えば、長期増強などのシナプス伝達効率の可塑的変化は人工的な頻回電気刺激によって誘起されるが、可塑的変化が果たして、如何なる生理的な刺激によって生じるかを明らかにすることは出来ない。そこで、我々はin vivo標本からのパッチクランプ法を開発した。この方法は、生理的感覚刺激によって誘起されるシナプス応答を詳細に解析できる。従って、in vitroのパッチクランプ法と行動薬理学的解析法との中間に位置し、行動の変化や異常を神経系におけるシナプスレベルの変化と対応づけて説明する事が出来る。その有用性から、現在まですでにいくつかの神経系からの記録成功の報告がなされ、in vivoパッチクランプ法を用いた研究は急速に増加している。
本セミナーでは、まずパッチクランプ法を紹介し、in vitroやin vivoパッチクランプ法から得られる応答の解析法やそれらが意味する生理的役割を説明したい。時間内に可能であれば、これらの手法を用いたノックアウト動物の解析結果をお示ししたい。