特別講演

大脳皮質と聴覚

宋文杰

熊本大学大学院医学薬学研究部 

 

大脳皮質ニューロンは単純な感覚刺激に対しても広くチューニングしている。例えば、一次聴覚野のニューロンは特徴周波数を持つ一方、普段我々が経験する音圧では、広帯域の周波数に応答する。このことは大脳皮質において感覚情報はニューロン集団の活動によって表現されることを意味している。従って、皮質における音声情報の表現を議論するためには、細胞集団の活動を計測できることが望ましい。しかし、現在、ニューロン集団活動を計測する方法は確立されていない。折衷的な方法として、多電極による計測方法や様々なイメージング方法などが考案されている。私どもの研究室では、げっ歯類を用いて、電位感受性色素を用いたin vivo光イメージング法で、聴覚皮質について研究を行っている。本発表では、1)一次聴覚野における純音刺激に対する応答の特徴、2)一次聴覚野の機能構造、3)一次聴覚野の自発活動、4)一次野の活動と純音受容との関係、5)聴覚皮質の全体構成、などについて、私どもの実験結果を紹介する。


テクニカルセミナー

中枢神経系における形態学的定量解析の基礎と応用

神野尚三

九州大学大学院医学研究院神経形態学分野

 

中枢神経系は解剖学的、電気生理学的、そして生化学的に多様なニューロンやグリアから構成されている。これらの細胞は脳を構成する基本的な素子と考えられ、その知見は脳の機能を知るための基盤となるべきものである。従来から行われている組織標本を用いた定量解析は、特定の細胞が「どこに」、「どれだけ」そして「どのように」分布しているのかについての正確な所見を与えるように思える。しかしながら、一見すると単純な定量解析は、データの信頼性を損なうことに繋がる多くの要素を抱えており、正確な結果を得ることは必ずしも容易ではない。最も考慮すべき問題は、サンプリングバイアスである。これは、標本抽出の際に母集団を代表していない検体が選ばれるために生じる偏りであり、二次元的な切片を使って定量解析を行う場合、避けることが出来ない。例えば、大きな細胞は小さな細胞よりもカウントされやすく、長軸が切片と直交している細胞は並行している細胞よりもカウントされやすい。また、組織標本を用いた定量解析に特有の問題も存在する。その一つは、切片の収縮と変形である。組織学的処理の過程で生じる切片の収縮や変形は、分布密度を計算する場合に障害となり、補正することは不可欠である。さらに、抗体の不完全な浸透性も大きな問題である。多くの抗体は厚切切片の中央部に届かないため、切片の表面しか染色されないことは珍しくない。定量解析の実験計画を立てる際には、これらについて十分に留意する必要がある。本セミナーでは、神経科学のフィールドで形態学的定量解析のスタンダードになりつつあるステレオロジー法の解説を行い、その実例を提示する。さらに、空間分布解析の新たな方法として注目を集めている三次元点過程解析についての紹介も行う。


一般講演1

シナプス伝達は発達でどう変わるか?

桂林 秀太郎

福岡大学 薬学部 臨床疾患薬理学教室

 

 中枢神経系における情報伝達パターンは発達とともに変化する。たとえば、幼若期のニューロンは無造作にシナプスを形成・投射して神経発火を惹起し、成熟期のニューロンは機能的なシナプス除去とシナプス強化を経て同期的神経活動パターンを形成する。この過程において、神経伝達物質の放出確率(Vesicular release probability, Pvr)は低下していくことが言われているが、その詳細なメカニズムは不明であり、単一培養細胞でも同様の発達変化が生じるかは明らかではない。本研究ではニューロンが自己にシナプスを投射する“オータプス初代培養細胞”を作製し、単一ニューロンにおけるシナプス伝達の発達変化をDay in vitro (DIV) 7 - 9, DIV 13 - 15, DIV 21 - 27 3群に分類してパッチクランプ法を用いて解析した。結果、発達とともにグルタミン酸作動性EPSCExcitatory postsynaptic current)とReadily releasable vesicle pool (RRP)のサイズは増大し、1回の活動電位発火で開口放出されるシナプス小胞数も増加したがPvrは低下した。一方、活動電位発火に同期的なSynchronous release成分と非同期的なAsynchronous release成分も発達とともに増加したが、両者の比率に発達変化は認められなかった。以上の結果から、単一ニューロン培養下においても発達によりPvrは低下することが明らかとなったが、そのメカニズムは解明できなかった。また、DIV 7からDIV 27までに限ってはシナプス数の増加傾向が予測できたことから、免疫染色法の導入を現在検討中である。

 


一般講演2

脳虚血に伴うCaMKII 活性低下は学習記憶障害に関与している

山本由似、塩田倫史、森口茂樹、福永浩司

東北大学大学院薬学研究科、薬理学分野

 

[目的]カルシウム/カルモデュリン依存性プロテインキナーゼ II (CaMKII) は海馬における記憶形成に必須のプロテインキナーゼである。一方、短時間脳虚血によって海馬が障害されると学習記憶障害が生じることがヒトで示されている。しかし、学習記憶障害のメカニズムは不明である。本研究では両総頚動脈を結紮して一過性脳虚血を負荷したマウスにおける学習障害と CaMKII の活性変化について検討した。また、新規認知機能改善薬として注目されている柑橘類果皮に含まれるフラボノイド、ノビレチンの脳虚血による学習記憶障害に対する改善作用を検討した。

[実験方法]マウス両総頚動脈を 5 分間あるいは 20 分間結紮して、脳虚血を施行した。海馬の遅発性神経細胞死はヨウ化プロピジウム染色法で評価した。また学習記憶試験はY 字迷路を用いた自発的交替行動試験と受動回避学習試験を用いて評価した。ノビレチンは脳虚血施行前後 1 週間腹腔内投与し、脳虚血後 1 週間目に遅発性神経細胞死と学習行動を評価した。

[結果と考察]20分間両総頸動脈を結紮したマウスでは、脳虚血後 1 週間目に海馬 CA1 CA2 領域において顕著な神経細胞の脱落があり、同時に受動回避学習試験において記憶障害が認められた。ノビレチン 50 mg/kg 投与群では、有意な遅発性神経細胞死が抑制されたが、記憶障害は改善されなかった。一方で、5分間虚血マウスでは明らかな遅発性神経細胞死は見られないにも拘らず、自発的交替行動試験と受動回避学習試験において著しい学習記憶障害が認められた。 CaMKII 活性と CREB リン酸化反応を検討した結果、 5 分間脳虚血によりCaMKII の活性と蛋白質が海馬 CA1 領域において有意に低下していた。同時に CA1 領域のシナプス伝達長期増強 (LTP) も消失した。ノビレチンの慢性投与は用量依存的に CaMKII 活性を回復させ、同時に LTP も部分的に改善した。さらに CREB リン酸化反応も 50mg/kg で顕著に亢進した。ノビレチンは CREB リン酸化反応を上昇させ、ベータアミロイドによる記憶障害を改善するというアルツハイマー病モデルラットでの報告(Matsuzaki et al. Neurosci. Lett. 400: 230-234, 2006)と一致した。

[結論]これらの結果から、脳虚血による学習記憶障害は海馬でのCaMKII 活性低下と良く相関した。ノビレチンは CaMKII 活性上昇と CREB リン酸化反応の亢進を介して、学習記憶障害を改善する新しい認知機能改善薬である。


一般講演3

In vivoパッチクランプ法を用いた脊髄痛覚伝達における

Ca2+透過性AMPA受容体の機能解析

古江秀昌、吉村恵

九州大学大学院 医学研究院 統合生理学

 

最近、神経因性疼痛や炎症モデルにおいて末梢感覚神経のみならず、脊髄痛覚回路の器質的変化(中枢性の感作)が生じる事が明らかにされ、アロディニア(非侵害性の刺激によって痛みを感じる)や痛覚過敏の発症機序として注目されている。本研究では、その発現に痛覚伝達系の如何なる受容体が関与するかを明らかにするために、炎症初期のin vivo標本からパッチクランプ記録を行い、脊髄痛覚シナプス応答を詳細に解析した。

 

ウレタン麻酔下に、痛みの伝達や修飾に重要な役割を果たす脊髄後角表層、膠様質(第U層)細胞から記録を行い、皮膚への生理的な痛み刺激によって誘起される興奮性シナプス後電流(EPSC)を解析した。行動学的解析から炎症患部へ機械的刺激を加えると逃避行動の閾値が著明に減少した。炎症患部に受容野を持つ膠様質細胞から記録を行うと、振幅が大きく、TTX感受性の自発性EPSCが観察された。機械的痛み刺激を加えるとEPSCの発生頻度と振幅が著明に増大した。一方、炎症患部から離れた皮膚に受容野を持つ同じ髄節レベルの細胞から記録を行うと、振幅の大きな自発性EPSCの発生頻度も低く、刺激誘起の応答も小さかった。また、これらのEPSCの電流―電圧曲線から、患部に受容野を持つ細胞に誘起されるEPSCCa2+透過性AMPA受容体を介するものが多く含まれる事が示された。炎症時においてCa2+透過性AMPA受容体を介した興奮性入力の増大がトリガーとなって、脊髄痛覚回路の器質変化が起こる事が示唆された。