学習・記憶におけるシナプス可塑性の分子メカニズム
- AMPA型グルタミン酸レセプターによる神経機能の制御―
高宮考悟
宮崎大学医学部 統合生理
学習や記憶は、近年の研究により下等な動物においてもその単純なものが観察されることが報告されている。しかし、高次の脳神経機能は、われわれ人間が人間たるために与えられた、進化の過程で築き上げられた大変複雑でありながら非常に洗練された高度な神経システムである。
われわれの脳における学習・記憶のメカニズムを解明するために、現在まで多くの研究者が多大の労力を費やしてきた。特にその基本となる神経機能であるシナプス可塑性の分子メカニズムの解明は、過去30年間の研究の末、近年急速にその詳細がわかってきた。
中枢神経系におけるシナプス可塑性において、興奮性シナプス伝達の主たる役割を担うグルタミン酸受容体の一つであるAMPA型グルタミン酸受容体が注目されている。このAMPA型受容体の神経活動に依存したシナプス内外への移動により、神経伝達効率のダイナミックな調節がなされ、これによりシナプス可塑性が発現されることが明らかとなってきた。さらに、近年シナプス可塑性におけるAMPA型受容体の詳細な輸送メカニズムの解明へとその研究対象が集中している。
現在までに、AMPA型 グルタミン酸受容体の細胞内ドメインと結合する複数のタンパク質が発見され、それらにより受容体輸送が調節されていることが推察されている。つまり、それ
ぞれの結合タンパク質が受容体のリン酸化などの影響を受けながらその結合状態が制御され、シナプスの内外における受容体の輸送をコントロールすることが推 察されている。特に小脳プルキンエ細胞における運動学習に重要とされているシナプス長期抑圧現象(Long term depression: LTD)の際のAMPA型受容体の輸送とその結合タンパク質の役割のほぼ全貌が明らかとなってきた。
さらに、シナプス可塑性においてさかんに研究され場所記憶に重要とされている海馬CA1領域における代表的なシナプス可塑性である、シナプス長期増強現象(Long term
potentiation: LTP)における分子機構の解明が、現在急務となっている。
本講演において、これらシナプス可塑性の分子メカニズムの最近の進歩を、AMPA型グルタミン酸レセプターに焦点をしぼった私の研究を中心にご紹介したい 。
マウス味蕾細胞のsingle cell RT-PCR
大坪義孝
九 州工業大学・大学院生命体工学研究科
Single-cell RT-PCR(Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction)法は、分子レベルにおける細胞機能の解明や、機能発現の予測を単一細胞レベルで行うための強力な技術である。 具体的には、1)単一細胞を採取し、2)目的のmRNAをcDNAに逆転写し、3)このcDNA をPCR法で増幅することで、遺伝子発現を調べる方法である。 組織片を用いる通常のRT-PCR法に比べると、単一細胞の採取および単一細胞から得られるmRNAが少量であるという困難がある。 前者は研究対象に合わせて工夫するしかないが、後者については、様々な方法が開発されている。 私が紹介するMultiplex法は、汎用されている方法の一つである。細胞を直接RT-PCR反応液に入れて行うため、核酸の抽出が不要、操作が簡単と いった利点を持つ。 生理学的測定法(パッチクランプ法やCaイメージング法など)と組み合わせることで、発現する遺伝子とその機能を同一細胞から研究することが可能となる。 本セミナーでは、味蕾細胞の電位依存性ナトリウムチャネルへの応用例を利用し、single cell RT-PCR法の実際について解説する。 析についての紹介も行う。
一般講演 1
脱アセチル化酵素SIRT2は低酸素および酸化ストレス応答を制御する
貝塚 拓1, 2、富澤 一仁2、松下 正之1, 3
1三菱化学生命科学研究所、2熊本大学大学院 生命科学研究部 分子生理学分野、
3琉球大学大学院 医学研究科 分子細胞生理学講座
脳虚血時に 神経細胞は数種のストレスに曝される。低酸素によるストレスや活性酸素種による酸化ストレスなどが挙げられる。近年、ヒトでSIRT1~7までのNAD+依存性の脱ア
セチル化酵素であるsirtuinファミリーが 発見され、その生体内での機能に注目が集まっている。中でもSIRT2は脳に豊富
で、その阻害剤はパーキンソンモデルにおいてα-Synucleinを介した細胞
死を抑制するという報告がなされたが、その分子メカニズムは明らかにされていない。本研究では、sirtuinファミリーが
低酸素および酸化ストレス応答に対し如何に関わるかについて検討した。
Hela細胞にSIRT1~7それぞれのsiRNAをトランス
フェクションし、低酸素応答配列(HRE)をもつluciferase活性を測定し
た。その結果SIRT2のノックダウ ンによりHRE-lucの活性は有意に増加した。次に、SIRT2ノックアウト
(KO)細胞を作製 し、VEGF遺伝子の発現
量を測定したところSIRT2 KOにおいて著名 な増加がみられた。さらに、低酸素応答を制御する転写因子であるHIF-1aの発現量もKOで有意に増加
していた。このことから、SIRT2の抑制はHIF-1aの安定化に関わり、VEGF遺伝子の転写
を促すことが示唆された。さらに、SIRT2の阻害剤を用い低酸素ストレスおよび酸化ストレスに対する神経保護作用を検討した。その結果、SIRT2阻害剤であるAGK2はH2O2による神経細
胞死を著名に抑制した。さらに、AGK2処理は培養神 経細胞においてVEGFおよびHO-1遺伝子の発現
を増加した。
本研究により、SIRT2はストレス応 答遺伝子の発現を制御することが示唆された。さらに、SIRT2の阻害剤は神 経保護作用を示すことから、SIRT2は虚血性疾患 および神経変性疾患の治療標的となる可能性が示唆された。
The reactions of
orexin neurons in rat hypothalamus after restraint and cold-restraint stress
applications.
Kristina Shainidze Zurabovna
Department
of General pathology and Pathophysiology
Research
institute of experimental medicine
Immunereactivity
of orexin-containing neurons and change of the expression level of preproorexin
gene have been studied after an hour later restraint and cold-restraint stress
applications. Combined using of these methods after stress application let us
to confirm that identified changes in the intensity of preproorexin m-RNA
synthesis in rat hypothalamus, as well as selective alteration of
immunereactivity orexin neurons, localized in different structures and zones of
hypothalamus, evidents about modification of rate of orexin A synthesis and
consumption in orexin-containing hypothalamic neurons. Discrete of changes of
orexin-containing neurons immunereactivity depends on kind of stress
application. Orexin-containing neurons located mostly in structures on brain
slices of 28, 29, 31 levels have different immunoreactivity, that testifies a
functional heterogeneity of population of orexin-containing neurons which can
project in different brain areas. These results suggest that orexin-containing
neurons are involved in the development of complex of brain reactions to
restraint and cold-restraint stress applications, and pattern of these
reactions varies depending on the applicable exposure. Changes of
immunereactivity of orexin-containing neurons, located in the areas involved in
system of regulation of thermogenesis (DMH, PH and some zones LHA) give the basis
to assume an opportunity of participation of orexin-containing neurons in
thermoregulation.
神経因性疼痛発現におけるChemotactic
cytokine ligand-1 (CCL-1) の関わり
秋元 望1, 本多 健治2, 牛島 悠一2, 中島 茂人2, 野田 百美1, 高野 行夫2
1九州大学大学院薬学研究院 病 態生理学分野
2福岡大学大学院薬学部 生体機能生理学
神経因性疼痛とは、中枢神経 あるいは末梢神経が直接傷害されることにより引き起こされる難治性の慢性疼痛である。この神経因性疼痛の発現に、脊髄グリア細胞やサイトカインが関与する
ことが報告されている。しかし、ケモカインについてはあまり研究が行われていない。そこで本研究では神経因性疼痛発現におけるケモカインの役割について検討した。神経因性疼痛モデルはマウス左後肢の坐骨神経を部分的に結紮することにより作製した。アロディニア(通常では痛みとして感じられない刺激に対して
痛みを感じる症状)はvon Frey フィラメントテストにより測定 した。脊髄中のケモカイン発現量の変化はProteome prolifer array kitを使用し測定した。神経結紮7日後では結紮側でアロディニア の発現、脊髄ミクログリアの増加と活性化が確認され、ミクログリアの活性化阻害剤ミノサイクリンの結紮前からの反復(腹腔内)投与によりこれらは抑制され
た。しかし、結紮3日後からのミノサイクリンの反 復的な投与ではアロディニアの発現抑制、ミクログリア発現量と活性化の抑制は見られなかった。一方、脊髄中のCCL-1量は結紮により増加し、ミノサ イクリンの結紮前からの反復投与により抑制された。また、CCL-1の脊髄腔内投与によって、一時
的な強いアロディニアが観察され、グルタミン酸受容体NMDA受容体の拮抗薬MK-801の同時脊髄腔内投与により抑制 された。一方、結紮前からのCCL-1中和抗体の脊髄腔内への反復投
与は、アロディニアの発現を抑制したが、結紮後からの反復投与では抑制されなかった。また、CCL-1の特異的受容体CCR-8が脊髄神経細胞上に存在することが認められた。これらの結果より、脊髄中のCCL-1およびNMDA受容体の活性は神経因性疼痛の 発現に強く関与していることが示された。
ATRX 変異精神遅滞モデルマウスのス パイン形態異常とCaM キナーゼII
塩田倫史1、別府秀幸2、福田孝一3、小坂俊夫3、北島 勲2、福永浩司1
1東北大院・薬・薬理、2富山大院・医・臨床分子病態検査、
3九州大院・医・神経形態学
【目的】これまでの研究においてヒト精 神遅滞ではスパインの形成異常がみられることが知られている (1)。例えば、遺伝性の精神遅滞で ある脆弱 X 症候群(Fragile
X syndrome)の樹状突起のスパインは細長
く、密度が高い
(2)。これらの現象は精神遅滞がス
パイン形成異常の病気である可能性を示唆している。一方、私達はカルシウム・カルモデュリン依存性プロテインキナーゼII (CaMキナーゼII) の過剰な活性化によってラット 脳スライス培養神経細胞のスパインが形態異常をひき起こすことを報告している (3)。 X 連 鎖 α サラセミア・精神遅滞症候群
(ATRX syndrome) は精神遅滞を伴う発達遅滞を特
徴とする疾患である。ATRX
蛋白質は他のクロマチン関連蛋
白質と共にクロマチンリモデリングにおいて機能し、発達期の遺伝子発現抑制に働くと考えられている。本研究では ATRX exon2 変異精神遅滞モデルマウス(ATRXE2 マウス)を用いて、スパイン形態異常とその細胞内メカニズムについて検討した。
【結果及び考察】ATRX 変異マウスでは
Y-maze test, novel object recognition test において有意な認知機能の低下 が見られた。また、ATRX 変異マウスでは内側前頭前野において細長い形態をしたスパインが有意に 増加していた。さらに、内側前頭前野の神経細胞において CaMキナーゼ IIの活性が異常に上昇していた。また、スパインの形態に深く関与する GEF であり、CaM キナーゼIIの基質であるTiam1とKalirin-7について検討した結果、それらのリン酸化が有意に上昇していること、その下流である PAK の活性も上昇することを確認した。これらの結果より、ATRX 変異マウスではCaM キナーゼIIの過剰な活性上昇、続いてRac1-GEF/PAKシグナルの亢進によりスパイン形態異常を起こすことが明らかとなった。
【引用文献】
(1)
Purpura DP. Dendritic spine "dysgenesis" and mental retardation. Science.
(1974) 186:1126-1128.
(2)
Rudelli RD. Adult fragile X syndrome. Clinico-neuropathologic findings. Acta Neuropathol. (1985) 67:289–295.
(3) Jourdain P, Fukunaga K, Muller D. Calcium/calmodulin-dependent protein kinase II contributes to activity-dependent filopodia growth and spine formation. J Neurosci. (2003) 23:10645-10649.
新たな鎮痛薬のターゲットの探索
歌 大介1、井本 敬二1, 2、古江 秀昌1, 2
1生理学研究所 神経シグナル研 究部門
2総合研究大学院大学 生命科学 研究科
術後鎮痛や慢性疼痛の治療に
おいて局所麻酔薬を使用する際に、触覚や運動系を抑制することなく痛みだけを選択的に抑制することが望まれている。Naチャネルを阻害する局所麻酔薬 は、痛みだけでなく触覚や運動系を抑制してしまう事が多い。今回我々は、局所麻酔薬光学異性体が痛覚伝達に対して選択的抑制効果を持つことを見出したので
報告する。さらに、痛みだけを選択的に抑制する新たな鎮痛薬のターゲットとしてTRPA1チャネルにも着目した。TRPA1は、侵害性の冷覚や炎症の痛み を伝達する一部のC線維に特異的に発現することが知られている。今回我々は、電気生理学的手法や形態学的解析を用いてTRPA1を活性化すると、意外にも痛み の伝達が有効に抑制しうることを発見した。これらの発見は、痛みの伝達を選択的に阻害するための新たな新薬開発のためのターゲットとなりうると期待される。
定量的・統計学的手法による 脳構造の解明
(現代神経科学における解剖学 研究の役割に関する一考察)
神野尚三
九州大学 大学院医学研究院 基礎医学部門 神経形態学分野
現代の神経科学研究において は,分子生物学的手法や光イメージングの利用が一般化している.それに対して,解剖学的手法による研究は,古典的で時代遅れとみなされることが多い.この
問題は,解剖学研究者自身においても広く認識されているようで,純形態学的な研究に取り組む解剖学研究室は急速に減少している.日本解剖学会おいても,遺 伝子のクローニングや新規タンパク分子の局在などに関する発表が主流になっている.幸か不幸か,精神科での臨床研修の後に基礎医学の大学院に進んだ私は,解剖学を専攻しはじめた頃,このような状況を全く知らなかった.しかし間もなく,解剖学を研究していることについて,大きなコンプレックスを抱えることになる.どう考えても古臭いし,カッコよくない.生化学や生理学の研究者が羨ましくて仕方なかった.実際に一時期,in
vivo juxtacellular recordingや,slice
patch recordingなど,電気生理学的手法を学び,研究に積極的に取り入れていた.
一方で,いつの頃からか, 「解剖学研究とは何なのか」という問について真剣に考えるようになった.解剖学には古い歴史があり,過去において優れた研究者を輩出してきた.乗りかかった船とはいえ,21世紀に解剖学研究に取り組む
ことになった私は,いったい何をなすべきか.
結論を言えば,私はまだその解を持たない.しかし,現時点での仮の考えとしては,機能とそれに対応する分子の観点から脳にアプローチしようとする傾向が強い現代の神経科学研究において,機能ではなく構造に基づく解剖学研究は中立的な立場を保持できる点にその役割があるのではないか,ということである.神経科学は脳の機能を未だに正
確に定義できておらず,それに伴う研究のバイアスや限界を認識することも必要であろう.
近年の私 の研究は,純形態学的なものに回帰しつつある.その目指すところは,定量的・統計学的手法による脳の構造的な解明である.これらの研究においては,構造に
対応する機能の存在は必ずしも担保されていない.さらに,脳構造が内的・外的な環境に応じて変化していくという可塑性の問題について,精神疾患モデル動物 を用いた解析を始めている.今回のブレインサイエンス研究会では,それらについて概説する予定である.
一般講演 7
ア ルツハイマー病様アストロサイトによる野生型シナプス修飾作用
桂林秀太郎
福岡大学薬学部臨床疾患 薬理学教室
ア ルツハイマー病は進行性脳疾患であり、記憶障害を伴う深刻な疾病である。アルツハイマー病を発症するメカニズムの1つである「βアミロイド説」は有力であり、これまではニューロンを主体とした仮説が先行してきた。一方で、グリア細胞がβアミロイドを除去することも最近分かってきた。加えて、グリア細胞は
ニューロンの10倍ほど多く存在し、中でもアストロサイトが最も多いと言われる。この ことから、進行性脳疾患の生理的機序の解明にはアストロサイトの機能に着目した分子病態研究が重要となる。本研究では、アストロサイトによるシナプス修飾
作用に着目し、変異型APPが過剰発現したアルツハイマー病様モデルマウス(Tg2576)のアストロサイトにおけるAPPの発現及びAb遊 離とシナプスへの修飾作用を検討した。RT-PCR法により、野生型アストロサイトに も僅かながらAPPが発現しており、Tg2576アストロサイトでは著明にAPPが発現していることを発見した。これに伴い、Ab1-40及びAb1- 42の過剰遊離を確認した。次に、自己にシナプスを投射する“オータプス―パターン培養標本”を作製し、アストロサイトによるシナプス修飾作用をパッチクランプ法で解析した。結果、Tg2576アストロサイトを用いたオータプス標本では、活動電位によって惹起される興奮性シナプス後電流の振幅と開口放出段階にあるシナプス小胞数、自発性グルタミン酸放出の頻度が有意に減少した。しかし、自発性グルタミン酸放出の振幅は変化しなかったことから、シナプス小胞内のグルタミン酸量やシナプス後膜AMPA受容体は正常であることが示唆された。また、シナプス伝達確率も変化しなかったことから、シナプス機能は障害されていないことも明らかとなった。以上の結果から、アストロサイトにAPPが過剰発現することにより、シナプスの機能的変化を伴わずにシナプス形成異常を惹起することが示唆された。
一般講演 8
ムスカリン性アセチルコリン受容体を介したてんかん様発火の脱同期現象
橋本あゆみ、夏目季代久
九州工業大学大学院生命体工学
研究科脳情報専攻
1.目的
海馬は中隔核からアセチルコ リン作動性神経の投射を受けており、アセチルコリンを通じてθ波、β波などの海馬リズム現象が生じると考えられている。先行研究により、海馬θ波の出現によりラットのてんかん波が抑制されたことが報告されている。一方θ波発生時には海馬内のアセチルコリン濃度が高くなっているため、アセチルコリンがてんかん抑制に関与している可能性も考えられる。本研究では、ラット海馬スライスを用いててんかん様発火に対するアセチルコリン受容体活性化の影響を調べた。
2.実験手法
雄のwistarラット(3-5週令)から脳を摘出し、海馬スライス
を作製した。スライスは、チャンバー上で33.5℃に温めた人工脳脊髄液によっ
てかん流した。細胞外記録法により、CA3錐体細胞体層に配置したガラス微小電極を通じて電位記録をおこなった。刺激応答を調べる際は、シャーファー側枝を刺激しCA3放線層で逆行性の集合興奮性シ
ナプス後電位(pEPSP)を計測した。
3.結果と考察
Picrotoxinにより海馬スライスでてんかん
様発火を誘導し、これに対しアセチルコリン受容体作動薬であるcarbacholを投与した。低濃度carbachol(1,5,10μM)では、carbacholの濃度依存的にてんかん様発火の周波数上昇と振幅の減少が見られた。高濃度では、β振動と考えられる断続的な振動現象が生じた。その振動の振幅をてんかん様発火の振幅と比較すると有意
に小さいという結果が得られた。細胞外記録では、発火の振幅は同期活動する錐体細胞の数を反映していると考えられる。そのため、てんかん様発火の振幅の減少は、海馬において錐体細胞が脱同期してんかん様発火の同期性が減少したために生じたのではないかと考えている。
次にシャーファー側枝を刺激し、CA3リカレントネットワークで誘発されるpEPSPを計測した。その結果、pEPSPはカルバコール濃度依存的に抑制された。この結果より、pEPSPの抑制により錐体細胞間の結合
が弱くなり同期性が減少する事が示唆される。また、carbacholによるてんかん様発火への影響
はatropineによって阻害されたので、ムス カリン性アセチルコリン受容体を介していると考えられる。
4.結論
アセチルコリン受容体の活性化がてんかん様発火の脱同期をもたらしていることが示唆される。この現象はムスカリン性アセチルコリンを介して起こるpEPSPの抑制に起因しているかもしれない。
一般講演 9
脳波を用い注意を向けているモダリティの推定は可能だろうか?
中森泰樹1,夏目季代久1,岡部達哉2,関口達彦2
1九州工業大学生命体工学研究科,脳情報専攻
2(株)ホンダ・リサーチ・インスティ
チュート・ジャパン
[目的] 本研究では脳波(Electroencephalogram:EEG)信号から人がどの感覚情報に
注意を向けているかを高い正解率で推定出来るかどうかを検討し,モダリティ特有な注意に寄与している神経リズムを探索する事を目的とする.
[実験方法] 健常な男性9名,女性1名(年齢:24歳〜52歳)を被験者として用いて以下 の実験を行った.映像と音楽の刺激共存下で「映像に集中する(V-Task)」,「音楽に集中する(A-Task)」,「指定された文字で始まる単語を考える(T-Task)」の3状態のいずれかをとるよう被験 者に指示した.休憩(6秒)と刺激(8秒)とを合わせたTaskを1試行として被験者あたり150〜200試行繰り返した.V,A,T-TaskどのTaskをしなくてはならないかは,試 行前の休憩中に指示した.EEG計測はBIOSEMIアンプ128チャネルを用い,サンプリング
レート1024Hzで試行中に記録した.測定後EEGデータを解析して,どのTaskを行っていたかを推定した.解 析は以下の手順で行った.@150-200試行を5つに分け,そのうちの4つをランダムに選び,そのデー タに関し,以下A,Bの操作を行う.A各チャネル8秒間のEEGデータを高速フーリエ変換し, Bタスクの判別に用いる特徴量を絞り込むために,各チャネル・各周波数のパワー値のデータをタスクごとに蓄積し,タスク間での違いをWelchのt検定により調べた.その結果としてp値の小さいチャネル・周波数の 組み合わせを複数個取り出した.Cタスクの推定はスパースロジスティックリグレッションを用いた.Bのデータにより分類器を学習さ
せ,@の残り1つのEEGデータによりそのパフォーマンスを調べた.以上の操作5回を1セットとし,20回の5分割交差検定によりTask判別成功率(%)を算出した.
[結果と考察]解析を行った10名(P01-P10)の平均判別正解率を図1に示す.各バーは標準偏差を示 す.またチャンスレート(33.3%)を点線で示した.10名の被験者の平均判別正解率は56.5±12.0%であり,これはチャンスレート よりも有意に高い値であった(t-検定,p<0.05).また判別に関わる電極位置 は被験者ごとに異なっていた.
[結論]本研究の結果から,EEGを用いて被験者がV-task, A-task, T-taskのどのタスクを行っているかを 判別する事が可能であると考えられる.また判別に関わる電極位置は被験者ごとで異なっていたので,被験者ごとに判別方法を最適化する必要があると考えられ
る.今後は判別に関わっているチャネル位置だけで無く周波数も特定していきたいと考えている.