一般講演

(発表者にアンダーライン)

  1. ラット海馬CA1錐体細胞の生後発達過程

    飯盛 健生、山本 悟史、田中 永一郎、東 英穂 (久留米大・医・第1生理)

  2.  ラット海馬CA1錐体細胞は、出生直後に浅い静止膜電位と高い入力抵抗を示し、成熟に つれて静止膜電位は過分極側に移行し、入力抵抗は低下することが知られている。しかし、 電流・電圧関係およびシナプス応答の生後発達過程について系統的に検討した報告がない。 そこで我々は、幼若ラット(0生日〜14生日)海馬スライス標本を作成し、CA1錐体細胞 の電流・電圧関係およびシナプス応答の生後発達過程をスライスパッチクランプ法を用い 検討した。
     電流・電圧関係は、0生日から3生日までは静止膜電位より脱分極側(<-50mV)で外向き 整流性を示すのみで、5生日を過ぎると、さらに過分極側(>-60mV)で内向き整流性を示 した。シナプス誘起電流(PSCs)は0生日ではみられなかった。1生日から次第に出現し て大部分は多シナプス性だったが、8生日を過ぎると単シナプス性へと変化した。1生日 から5生日までは主に興奮性シナプス誘起電流(EPSCs)がみられ、抑制性シナプス誘起 電流(IPSCs)は5生日を過ぎる頃から認められた。EPSCは始めNMDA受容体を介する 成分が大部分を占め、成熟につれnon-NMDA受容体を介する成分が増大した。 IPSCは fastおよびslowの2成分から成り、fast IPSCはGABAA受容体を介するものと考えられ た。PSPsは生後2週で成熟ラットのそれと近似した。

  3. Elマウス海馬におけるGABA仮説

      笛田 由紀子(産業医大・産業保健・第1生体情報)

  4.  神経細胞の機能解析は、”integrate and fire”から”pacemaker and follower”へ、 そして、perception, cognition, movement and memory などの複雑系の解析へ進んで いる。海馬では、network oscillation, plasticity, hormonal effect, development そし てepileptic synchronization におけるGABAインターニューロンの役割が注目されている。 インターニューロンの97%がGABA性といわれ、一つのGABAインターニューロンが錐体 細胞のfiringを抑制しうる実験事実は、GABA抑制が神経細胞の活動にいかに重要である かを示し、従来の「てんかんのGABA仮説」を支持する。El(イーエル)マウスは、ddY マウスを母系として1954年に日本で発見された自然発症てんかんモデルマウスで、てん かんの原因・発作機構解明の実験モデルとして利用されている。Elマウス脳の深部脳波記 録によって、海馬のてんかん様異常放電が全般発作と同期して起こることが報告されたの で、GABA性抑制が変化しているかどうか調べるためには、海馬のスライス標本が有用で ある。海馬は幾つかの領域に区分され、CA1, CA3,歯状回はてんかん原性の研究では欠か せない領域である。GABAインターニューロンは、興奮性神経細胞群へのinputやoutput を調節する。最も簡便な細胞外記録法を用いて、てんかんモデルElマウスと母系ddYマウ スの海馬神経細胞群の興奮性を、連続刺激に対する応答(ペアパルス応答、周波数増強) について比較解析した。その結果、1) ElマウスのCA1と歯状回ではA型受容体が関与する 反回抑制が弱く、2) 周波数増強は、Elマウスの方がddYマウスより3領域で有意に高く、 特に、CA3領域ではB型受容体の活性化が弱いことによることがわかった。これらの結果 は、Elマウスの海馬では連続刺激に対する応答が領域特異的に変化しており、GABA性シ ナプス伝達機構の減弱が関与していることを示唆する。

    参考文献

    1. Lambert et al., Epilepsy Res. 26 (1996)15-23.
    2. Ono et al., Brain Res. 745 (1997) 165-172.
    3. 笛田由紀子、「てんかん研究の最前線」、ライフ・サイエンス、1997、pp208-215.
    4. Fueta et al., Brain Res.779 (1998)324-328.

  5. 錐体細胞モデルを局所的に結合した場合と大域的に結合した場合の海馬CA3神経回路網モデルの自発リズム

    立野 勝巳(*)、林 初男(*)、石塚 智(+)(* 九州工業大・情報工・ 電子情報工、+ 九州大・歯・ 生理)

  6.  Tamamakiらの解剖学的結果によると、海馬CA3錐体細胞は長軸方向に4mmも軸索を 伸ばしている。これに対し、Andersenらの電気生理学的結果はラメラ仮説で知られるよ うに、錐体細胞間の有効な興奮性結合は局所的であることを示唆している。本研究では、 錐体細胞モデルを局所的結合した場合と、ランダムに大域的に結合した場合に分けて、海 馬CA3神経回路網モデルの自発リズムを求め、実験結果と比較した。また、ラメラ仮説 は介在ニューロンによる強い側抑制の可能性も含んでいる。そこで、バスケット細胞から 錐体細胞への抑制性結合の範囲に依存したCA3モデルの自発リズムも調べた。  いずれの結合パターンにおいても、CA3モデルは4種類のリズムを生じた。分類は、 リズムA(< 2 Hz)、リズムB(2 - 5 Hz)、リズムC(5 - 15 Hz)、リズムD(>= 15 Hz)である。 各リズムの周波数範囲は、それぞれてんかんリズム、δリズム、θリズム、βリズムに相 当する。ただし、リズムAを比較すると、局所的結合のCA3モデルではバースト放電の 伝播が見られるのに対し、大域的結合のCA3モデルではバースト放電は空間的に同期し ており、伝播しない。林、石塚の海馬スライス実験の結果によると、てんかん様リズムは 伝播する。したがって、錐体細胞の興奮性結合を局所的にした方が、CA3モデルは現実 のリズムを再現する。バスケット細胞からの広範囲におよぶ抑制性結合は、錐体細胞のバ ースト放電の同期を抑制し、リズムAを妨げる。実際、海馬スライスでは、てんかん様リ ズムは通常GABA(A)抑制性シナプス入力によって抑制されている。ただし、抑制性シナ プス結合で極端に広範囲を抑制すると、バスケット細胞の高周波振動ばかりが顕著になる ので、抑制性結合範囲は適度に広い程度が良い。

  7. ラット海馬CA3領域のLTPと電場電位の変化

    中島 孔志(*)、林 初男(*)、石塚 智(+)(* 九州工業大・情報工・ 電子情報工、+ 九州大・歯・ 生理)

  8.  海馬CA3領域の錐体細胞は高頻度で活動しており、海馬内のさまざまな電場電位リズム を発生する領域と考えられている。電場電位リズムは錐体細胞の同期化により生じ,海馬 の情報処理過程と関連づけて議論されている.  CA3領域内のシナプスも海馬内のほかの領域と同様に可塑性を有し、多くの研究者によ りLTPやLTDが報告されている。これらのシナプス可塑性が初期記憶をはじめとする海馬 の情報処理機能に大きく関与しているのではないかと考えられている。  海馬は横断面方向に歯状回、CA3、CA1の各領域に分けられ、それらの領域を結ぶ3シ ナプスネットワークが海馬の主たるネットワークであると考えられている。一方、海馬は 縦断面方向に1cm以上伸び、その中にいくつかのラメラ構造が存在すると考えられてきた。 海馬内の情報処理機能を考える上でこのラメラ構造は大変興味深い。
     ラット海馬縦断面スライスと独自の16chマルチ電極を用いて、苔状線維高頻度刺激に よる苔状線維シナプスとCA3錐体細胞が相互に結合する相互結合シナプスのLTPとそれに 伴う自発活動の変化を空間的に観測した。その結果、刺激電極を中心に±1mmの範囲で 起きた苔状線維シナプスのLTPでは自発活動の顕著な変化は起きなかった。しかし、CA3 錐体細胞の相互結合シナプスの広範囲なLTPによりてんかん様自発活動がおきた。
    これらの結果よりてんかん様自発放電の生成にはCA3錐体細胞の相互結合シナプスが大 きく関与していることが示唆される.

  9. NMDA型グルタミン酸受容体の多様性とシナプス特異的分配

    川上 良介(九州大・理・生物・生体物理化学)

  10.  学習や記憶など、脳の高次機能において極めて重要であるNMDA型グルタミン酸受容 体(NMDA受容体)は、構造や機能的特長を異にする複数のサブユニットから構成され ている。従って、脳内にはサブユニット構造を異にした多様なNMDA受容体が存在して いると考えられる。最近、我々は脳内で実際に機能しているNMDA受容体のサブユニッ ト構造は、単一細胞内においてもシナプスの種類により異なっている可能性を初めて明ら かにした。即ち、個々の神経細胞は多様なNMDA受容体サブユニットのうち、特定のサ ブユニットを発現するだけでなく、発現されたサブユニットを選別し、特定のシナプスに 配置することにより、高度な信号処理を行っている可能性がある。我々は、神経細胞にお けるNMDA受容体サブユニットのシナプス特異的分配(ソーティング)機構とその生理 的意義を明らかにすることを目指して研究を行っている。