教育セミナー

テーマ:「海馬の構造と機能」

  1. 海馬の構造:特に多様なGABA系について

  2. 福田 孝一 (九州大・医・第三解剖)

     海馬は大脳皮質の中でも特に層や領域の区分が明瞭な場所であり、形態学的解析が容易 である。また海馬の横断方向スライスでは主な構成要素とその間をつなぐ神経回路が保存 されるので、特定のシナプスを想定した生理学的実験が可能となる。これらの特徴から、 海馬は大脳皮質を研究するためのモデルとして多くの生理学的実験に用いられ、シナプス 可塑性を中心とした重要な知見が得られてきた。しかしながら、この「単純さ」は、おも に主ニューロン(錐体細胞、顆粒細胞)についてのみ言えることであった。海馬の神経回 路の不可欠の要素であるGABAニューロン群は、(海馬においてさえも)非常に多様であ り、従来の研究はその多様性をより詳細に記載することに力が注がれてきたが、いまだ全 体像がとらえられるには至っていない。私は複雑なGABAニューロン系を総合的に理解す るうえで、やはり層構造の明瞭な海馬の特徴を利用した解析方法が有用であると考え、そ れにより得られた次の結果について紹介する。
    (1)樹状突起領域と細胞体領域におけるGABA合成酵素アイソザイムの対照的分布、
    (2)GABAニューロン間における、細胞体近傍への相互シナプス結合の密度の層特異的なパターン、
    (3)特定のGABAニューロンが、海馬の接線方向へ広範囲かつ密に形成する樹状突起ネットワーク。

    さらに以上3点につき、「結合問題」などに関連して注目されている海馬の同期的振動(ガ ンマ、シータ)の解剖学的基礎についての私見も述べたい。

  3. 海馬を用いた可塑性の研究: LTP と NMDA 受容体を中心に
  4. 伊藤 功 (九州大・理・生物・生体物理化学)

    脳を構成する多くの神経細胞は互いにシナプスにより結び付き、ネットワークを構成 している。学習や記憶の様な脳の高次機能を支えているのは、このシナプスの活動の変化 とその固定化のメカニズムではないかと考えられ、これをシナプスの可塑性と呼んでいる。 ある種の記憶の獲得過程において海馬と呼ばれる脳の部位が重要な働きをしている。そし て、この海馬のシナプスにも特徴的な可塑的性質が見られ、この海馬シナプスの可塑性が 海馬が関与する記憶の基本的なメカニズムではないかと考えられている。海馬シナプスの 可塑性で最もよく知られているのは長期増強(Long-term potentiation, LTP)であろう。 LTPとは、あるシナプスが繰り返し活性化されることにより、そのシナプスの情報伝達効 率が持続的に増強される現象である。この海馬シナプスのLTPの誘導機構に重要な働きを しているのがNMDA型と呼ばれるグルタミン酸受容体である。したがって、NMDA受 容体の機能特性に関する理解なしに、LTPの誘導機構を考えることはできない。今回のセ ミナーでは、このNMDA受容体の構造と機能特性について概説するとともに、海馬シナ プスでのLTPのメカニズムが現在どの様に考えられているのか、基礎的事項を整理してみ たい。初学者を対象としているため、最新の研究にまで触れることは困難であることを、 予めおことわりしたい。

  5. 海馬神経細胞死とプロテアーゼ

  6. 中西 博 (九州大・歯・薬理)

     最近、細胞死実行因子としてのカスパーゼファミリーの重要性が明らかにされつつある。 また、従来の細胞内あるいは分泌性プロテアーゼの細胞死機構における機能が次第に解明 されてきていることから、この分野の研究は急速な展開を示している。神経細胞の障害/ 死過程においても、これらのプロテアーゼは重要な役割を担っている。今回の教育セミナ ーでは、前半では特にエンドソーム/リソソーム系のプロテアーゼに関する我々の研究成 果の紹介を含めて神経細胞死に関与する神経細胞およびミクログリアの産生するプロテア ーゼの役割について概説する。一方、bcl-2などの細胞死抑制因子についての研究も進展 しており、Bcl-2はカスパーゼの活性化を抑制することによりアポトーシスを抑制するこ とが最近報告された。そこで後半ではbcl-2をトランスジェニック法によ神経細胞に過剰 発現させたマウスを用い、(1) bcl-2は脳虚血によって誘発される海馬神経細胞死を抑制で きるのか、また(2) bcl-2を過剰発現させた海馬神経細胞が虚血に際してどのような形態変 化(アポトシスあるいはネクローシス) を示すのかという点について検討を行った研究成果 を紹介する。